続編は難しいものだ
先日映画「ALWAYS 続三丁目の夕日」を見ました。
世間での評判はすこぶる上々で、こんな意見が多かったように
思います。
「続編はがっかりするものが多いけど、これは面白かった」とか、
「正に続編という感じ」などです。
確かに、キャストも前作と一緒、また前作の4ヵ月後という時間
設定からして、前作の続きというのがふさわしいものでした。
要は前作は前作で一応完結しているのだけれど、そうは言って
も、それぞれの登場人物がどうなったのか知りたいとファンは
思っています。第一作が面白ければ面白いほど、その思いは
大きいですから、当然続編が期待される訳です。そういう意味か
らすると、本作は見事にファンの期待に応えた作品になっている
と思いました。
しかし、残念ながら第一作より面白いのか?と問われれば、そ
れは「NO」と答えるしかありません。
何しろ第一作あっての続編であるし、それ以上に本作は第一作
とあまりにパターンが似すぎていて第一作の時のような感動は
望むべくも無いのです。
例えば、この昭和30年代特有の戦後の傷跡のようなもの。
第一作では三浦友和扮する医者が、酔って、戦争で亡くなった
妻と娘に会う夢を見るという切ないエピソードがありました。これ
が、続編では、堤真一扮する鈴木オート社長が戦死したはずの
戦友の幽霊と酒を飲むというエピソードになっていました。それ
はそれで感動的ではあるものの、どうしても2匹目のどじょうとい
う感は否めませんでした。
そして、第一作では悲恋に終わった主人公の恋も、何とかいい
方向に向かって、話としては良かったのかも知れませんが、安
易に落ち着いた感じがしてしまって、逆に第一作目のラストは何
だったのかという気がしてしまうのですね。たった4ヵ月後のこと
なら、いっそ第一作目でそこまで描けばいいじゃないかと思えて
しまうのです。
この映画、確かに多くの人が言うように続編として非常によく出
来ていると、私も思います。しかし、これほどの続編であっても
やはり、第一作目を超えることはないのだと痛感しました。
続編は難しいのです。映画に限らず、小説でも、漫画でも、スト
ーリーがあるものは全てそうです。第一作が面白ければ面白い
ほど、人はその続きが知りたくなります。いとおしい登場人物た
ちが、その後どんな風になっていくのか知りたいと思うのです。
だからこそ、製作側は「その続編は金になる」と思い、続編を創
ってしまうのですが、必ずしもそれがいいことだとは限りません。
ファンたちは自分なりの続編をイメージしているかも知れないし、
具体的には思い描いていなくても、逆に具体的に続編を見せら
れることによって違和感を覚えることもあるのです。
私はいくつもそういう例を見てきました。漫画なんかではよくある
ことですが、続編に次ぐ続編でどんどんクォリティが下がってし
まい、結局第一作の高評価まで傷付けてしまう。「あぁ、あの時
終わってれば良かったのに」と後になって言われる。そんな風
になってしまうのは口惜しいではありませんか。
名作であるほど、第一作はいいところで終わっているものなのな
のです。作者はそこで終わらせたくて終わらせていることが多い
のです。
だから、製作者サイド、特にその作品で金儲けをしようと考える
人たちには、「出来ればそっとしておいてやってくれ」、こう言いた
いです。ぐっと我慢です。必ず「続編を創らなかった」ことが英断
だったと後々思うはずですから。
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