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2008年6月 5日 (木)

グレン・グールドは天使か悪魔か?

以前ヨロズーで書いたものの再掲載です。

よろしければ。

グレン・グールド、カナダ人、ピアニストです。

20世紀で最も偉大な、そして個性的なピアニストでしょう。
彼が弾いたバッハの「ゴルドベルグ変奏曲」はそれまでのバッハ演奏の常識
を覆し、音楽界に衝撃を与えました。当時そのアルバムはルイ・アームストロ
ングの新譜を抑えてチャートでも1位を獲得するという離れ業をやってのけま
した。(後にルイが人気絶頂のビートルズを抑えてチャート1位になるという快
挙をやってみせたのも面白い偶然ですけどね)。
彼は間違いなく天才ですが、その強すぎる個性ゆえにある意味異端児として
今なお扱われることも珍しくありません。今日は彼のお話を。
あらかじめ申し上げておきますと、私は彼の演奏が大好きです。
「ゴルドベルグ変奏曲」は掛け値なしにいい。人類の宝だ。それは間違いない。
彼は2度(デビュー作と遺作)それを録音しているが、私は最初の、すなわち、
デビュー盤の方が好きですね。空の果てまで抜けていくようなピアノの音色、
流れるようなタッチ、いいなぁ、おせっかいながら、全ての人に聴いて欲しくなる。
だが、彼は個性的だ。要は彼は楽譜通りには弾かないのだ。自らの独特の解釈
に基づいて衝撃的な演奏を展開するピアニストなのです。それ故に絶対支持派
と絶対拒絶派に分かれます。ただ、どちらの話も極端であまり賛同しかねる部分
も多いんですよね。
まず、絶対支持派の話。
彼は「史上最高のバッハ演奏家」である、というもの。
確かに彼の弾くバッハは素晴らしい。支持派はそれ故に「楽譜通りに弾かない」
ことまでよしとする。中には「楽譜通り弾くのは、20世紀になってから浸透したも
ので、それまではそんなことは無かった」などと言う人までいる始末です。それは
逆です。19世紀以前はクラシックの音楽家とはいえ、自分の作品を弾くのが当た
り前だったのだから、自分の作品を楽譜通りにどうしても弾かなければならない
ことはないのです。過去の作品はあくまで練習曲なんですよ、人前で演奏するの
は自分の曲。少なくとも19世紀まではクラシック音楽も創造音楽でした。しかし
20世紀以降再生音楽に堕したのだ。指揮者の位置付けが大きく変わったのも
そういう意味でしょう。
だから、グールドがやっていることは「不遜」なんですね。どうしても「敬意を払っ
いる」とは言えない。それは単に保守的な考えなのではなく、再生音楽である
20世紀以降のクラシック音楽の不文律なのです。彼はそれを守らなかった。
正直、オリジナルのスコアは楽器の発達などの環境の変化を加味していないの

だから、不充分なところはあるんです、、故にそれを補いたくなるのは分かるの

すが、でも、死んだ作曲家の意志は分かりませんから、それはルール違反としか
言えません。
当然、著作権のようなビジネスの話として、誰でも好きなようにバッハの曲を解釈
して弾いてもいいんです、そして、グールドのように評価されてもいいんですけど、
それは「天才ピアニスト」に留めておくべきであって、「史上最高のバッハ演奏家」
という称号を与えてはいけないのです。
確か、そう言ったのは同じピアニストのリヒテルじゃなかったかな。何故あなたが
決めるのだ?あなたはバッハじゃないだろうに、っていうことです。第一、史上最高
って言ったって、19世紀以前のピアニストがどうバッハを弾いていたかなんて誰
にも分からないじゃないか、録音されていないんだから。全くいい加減な話ですよ。
「バッハが生きていたら、彼は認めただろう」なんてのは軽がるし過ぎますよね。
いや、正直私自身もそういう思いがありますけど、それは口にしてはいけないのだ
と思っています。
グールドの作曲家としての不成功や、バッハが気に食わない演奏家と決闘までし
たという逸話を考えると、「どうしてそんなことが言えるの?」っていう思いで、口か
ら出かかった言葉を打ち消すのですね。
一方で、彼のピアノを絶対的に拒否する人たちもいます。
彼らが口々に言うのは上記のように楽譜を無視することが問題だということですね。
でも、彼が楽譜通り弾かないからといって、彼が天才ピアニストではない、彼の演
奏がつまらないということでは断じてないのです。彼は「史上最高のバッハ演奏家」
ではないだけで、彼のピアノは充分魅力的なのですね。
思うままに弾く彼のピアノを「あれはクラシックではない、ジャズだ」などと言う人が
たまにいますが、それは失礼な話です。グールドにではなく、ジャズに対して。
グールドの「ゴルドベルグ変奏曲」がジャズだったら、三流ジャズですよ、スウィング
してないし。ジャズピアノとしてならセロニアス・モンクの方が遥かに上でしょう。
グレン・グールドは天才ピアニスト、異端児。それ以上でもないし、それ以下でもな
い、それでいいじゃないか、ダメ?
彼は演奏会をせず、録音や放送に活動を求めました。そこらへんも異端ですよね。
って言うか、彼は意識せずともショパンになりたかった人だと思っています。
ショパンはやはり演奏会を嫌い、ピアニストとして生きるより作曲家として楽譜を
残すことに力点を置きました。もし、20世紀の人だったら、自分の曲をレコードとし
て残すことに心血を注いだことでしょう。
グールドは20世紀のショパンになりたかったのだと思う。
でも、残念ながら、彼にはショパンほどの作曲家としての力量が無かった。結果とし
てまともな完成作品を創れなかった。いくら、彼が「作曲家のように弾く」と言われて
も、いくらその著作で持論を展開しようとも、曲が書けなかったのは事実であり、そ
れは彼にとって痛恨だったのではないだろうか。「作曲家のように弾く」のではなく
「作曲家として弾く」、彼が本当に求めたものはこれじゃなかったか。
彼が極端なショパン嫌いだと言うのも皮肉な話だと思う。
いや、もちろん、嫌っている理由は、極度に感傷的な質の低い悲しみがあるベタつ
いた音楽だから、といものだと思うし、そういう気持ちはよく分かるのだが、それでも
どこか心の奥底で意識しているところがあったんじゃないのだろうか。
そういう意味からすると、彼は天才演奏家として、録音技術が発達した20世紀に生
まれて幸運だったと思うけれど、もしかしてバッハと同じ時代に生まれたら、それこそ
バッハ本人から「史上最高のバッハ演奏家」の称号を貰っていたかも知れない、音
楽史の中でひっそりと。

どちらがよかったか?それはもちろん、今の時代。でなきゃ、私は聴けなかった。

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